2014年12月5日金曜日

神について

 今日ははじめて、神について語ってみたいと思います。
*この話は、無宗教無宗派です。

神、というのは概念である、と私は理解しています。
そして概念である以上、人それぞれの見方、捉え方があるので、
正しい神も間違っている神も存在しません。

中国人、と聞いてイメージする中国人「像」。...
それが実際の一人ひとりの中国人ではないように、
神もまた、人間が「神と聞いてイメージするもの」に過ぎないのです。

一体人間は、何を「神」と思っているのでしょうか。

神という言葉は、正義、愛、秩序、知恵、などと結び付いていますが、
それは主にキリスト教の世界観に過ぎません。
実際には、世界中で、神はもっと捉えどころのない、
優しいかと思えば残酷な、
ルールがあるのかと思えば自分でルールを逸脱する、
老賢者のような、ところが別の時にはいたずら小僧のような存在として、
描かれています。

普通、現代に生まれ生きていると、
神は良い人で、凄い力を持っていて、
とにかく何でもポジティブなエネルギーを持っている、
と思いがちですので、世界の神話などを読まれると驚かれると思います。

つまり神は「力自体」で、ルールも善意もないのです。
たまたま優しかったり、たまたま町を一個燃やしたりするのは、
天候が移ろうのと違いがありません。
太古の人間は、超越的な力に対して、神、と思ったことでしょう。
そしてかなり珍しい例として、
のちにユダヤ教は、神=ルールの持ち主という概念を発明し、
キリスト教は、神=愛の人という概念を発明しましたが、
これは「・・・という解釈」にすぎません。

それが実際ではないので、新旧聖書共に、
神の行為には「論理的な」矛盾点があるのです。
人はそれを論理に照らして、なぜだろうと考えますが、
理由などありません。

辻褄を合せたがるのは、恐らくこの世で人間だけなのです。
神も含めて他の存在は、勝手気ままにやっているのです。

さて、以上は前置きです。

私がお話したいのは、概念化された神ではなく、
概念化という望遠鏡で覗き込まない、もともとの神のことです。

神は究極のエネルギーであると思います。
それは自然現象と言っても良いですし、自然現象を含む、
それ以上の何か、と言っても良いかと思います。

私がヒーラーを始めた理由は、それまで考え続けてきた、
神と人の関係を、ヒーリングを通して叶えられる、と考えたからでした。
*その経緯は過去にこのフィードに書きましたので、
もしよろしければご覧下さい。

・人は神を内側に宿している、
・神は全能である、

この2点をかけ合わせ、ヒーリングというフィルターをかけると、
自然治癒力ですべては治る、という考えになります。

実際には、自然治癒力ですべてを治すことはできない、
というのが、今の私の結論ですが、
性懲りもなく「超」自然治癒力などという言葉を使っているので、
根のところは変わっていません。

ああしなければ、こうしなければ、と世の人々が右往左往しているのを見て、
ずっとおかしなものだと思っていました。
そんなことよりも、自分の内側に答えはあるのに、
そしてそれは何も探す必要がないほど素晴らしいものなのに、と。

このような言葉は今はどこでも目にすることの出来る考えですが、
実際にその考えで生きるのは困難です。
そこにはヒントと、何かしらの助力が必要だと思うのです。
そしてそれをするのは、誰よりも神(的なもの)を信じている
人間がふさわしいはずです。
それで、自分はヒーラーになろうと、この考えでヒーリングをしていくことで、
人と神の距離を近づけよう、としていたのでした。

まあ、宗教家のようなものですが、実際には、そのようなことを
話したことはほとんどありません。

ちょっと驚いたのですが、ほとんどの人は、神に興味がなかったようです。
病気との関係で言うと、治れば何でも良い、という考えの人は沢山います。
この方法で治りたい、という人は稀なのです。
これは、人生に対する信仰心なのだと思います。

ヒーラーの経験から思うのは、
自然治癒力で治る人は、それも劇的に治る人は、信仰心が強いです
治らない人は、神(的なもの)を信じていないというか、
どちらかというと嫌いなのだと思います。
そのような人は、治ると何か他の理由を探します。
「牛乳を飲み始めたからかな」とか。
別に「先生のおかげ」と言ってほしいわけではないのです。
「ああ、こんなに体は治ろうとしていたんだ」
「これからはもっと体を大切にしていこう」
このような考えに至ってほしいと、常々願っています。

多くの人が、体を粗末にしすぎなのです。
体がおかしいと言って、言うことを聞かせようとします。
あらゆる薬やサプリメントを浴びせかけます。
体の声を聞かず、医者の言葉を鵜呑みにします。
使い方が悪いだけなのです。
体から遠ざかっているから、体が壊れるだけ。
どちらかと言えば、治るのは大したことではないのです。
復元能力も搭載された高性能の肉体なのですから。
それを壊せたことの方が、凄い。

私は、神、と考える時、祭壇や祝詞や儀式的なことは
一切必要ない、と思っています。
ただ体を、心を、今という時間を大切に出来れば良いだけ。
人の目を見て、お話出来れば良いだけ。

神を外に置くかぎり、人は神に依存します。
依存だけは、人間がしてはならないことなのです。
それは自分の放棄を意味するからです。
そして関わり合うことをしないからです。
依存は一方的であり、人は得をしても、神は得をしません。
ですので、神様が何とかしてくれる、という考えはやめましょう。
神を何とかするのも自分なのです。

自然治癒力が開花しやすい人、維持しやすい人は、
体のリズム、心のリズムをよく感じることが出来ますし、
空の色や、風の雰囲気や、食べ物の空気感など、
何でもよく感じて、印象を受け取っている人です。
世界と切り離されず、その中で生きている、という感じです。

人は勝手に閉じこもって、狭い部屋の中で空気が淀んで、
そのせいで勝手に病気をしている、と思うのです。
外に出れば、だいたいのものは流れて、治ってしまうのです。

その「外に連れ出す」体験が私にとってはヒーリングで、
その状況を維持するのが、その人のその後の生き方、
あらゆるものを感じながら、外に凄いものや凄い人を求めるのではなく、
自分自身の内に神(的なもの)を感じて、それを大切にする生き方だと考えます。

誰の中にも神が宿っていることは疑いようのないことだと思いますが、
それを吹き消すのも簡単です。
自分の内なるエネルギーは、宇宙の大切な構成要素で、
自分を大切にすることは世界や宇宙を大切にすることと等しいのです。

ちょっと、ここまでにします。

0 件のコメント:

コメントを投稿