2014年12月10日水曜日

【デトックスについて】

 デトックスは今では流行り言葉のようですが、毒と毒出しについて、ちょっと異なる意見を書いてみたいと思います。
 「体に悪いものを取ってはいけない」ということはよく言われますし、私も言うのですが、これは何をもって悪いと言うかで、だいぶ話が変わってきます。
 例えば煙草ですが、体に良いものではありません。しかし精神には、人によっては良いものなのです。「人によっては」ここに注目して下さい。その人が一服の煙草によって体を緩めたり、瞑想的になれるのであれば、それはトータルに良いものなのです。
 人間は精神8:肉体2で出来ていると私は理解しています。体に良い・悪いもの(=物質)というのは、全体の内の2についてしか語っていません。勿論、精神的に効用の無い、例えば惰性の喫煙は体に害しか与えないでしょう。
 人間にとって重要なことは、「精神が健全に機能しているかどうか」であって、
だけメンテナンスを続けても解決できない身体的症状は多々ありますし、肉体だけ磨いたところで人生が上向くわけでもありません。
 私のアトリエに訪れる方の半分くらいは、健全な生活に留意されている方ですが、比較的多い割合で壁に当たっています。私はここで「良い・悪い」という尺度に再考を促したいと思います。
 天然酵母がイーストより「良い」ことは明らかです。しかし自分の肉体が天然酵母に追いつかない場合があります。このようなことが起きる理由は、成長期の食生活にあります。生まれてから成長期が終わるまでに食べたものがその人の肉体を構成しているので、簡単に言えば、不純物を食べて育てば不純物が自分には適合化されたエネルギーになるのです。だからと言って、その人の精神が不純であるということでは、勿論ありません。そして言うまでもなく、完全に健全、完全に不純ということもあり得ないでしょう。つまり程度の問題なのです。そこで提案したいのは、あらゆる禁止・正論の言葉を忘れて、食べたいものを食べてみて下さい、ということです
 この観点で、安易なデトックスを私は信用していません。毒を追いだしても、体は自分に必要な分の毒は、再摂取するように出来ているのです。それで全体が構成されている。もしかしたらあまり浄化などということを考えないほうが良いのかもしれない、と最近は考えます。その人がその人の適した在り方をしていることが重要です。
 その上で、個性を超えて「体に良いはずがない毒」があります。様々な化学物質や放射能や遺伝子組み換え食品を始めとする、その多くが未確認の現代の弊害です。そのようなものを洗い流すために、今後はヒーラーや何かしらの方法が必要となる時代になることでしょう。
 今はとても難しい時代で、毒はあるのが当たり前で、毒込みで人体が構成され、その上で「完全に健全なもの」への憧れもあるが、自分に必ずしも合うわけではない。しかし何も知らず毒にまみれていてはいずれ病気をし、環境もどんどん汚染されている・・・
 私は今のような世の中で、方角を示せる船頭のような存在だと思っています。ご縁のある方は、アトリエにお越し頂ければと思います。

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