2014年9月30日火曜日

⑧【ヒーリングと思想】

⑧【ヒーリングと思想】

私はヒーラーになる前は、小説の道を志していました。

小説家になることを諦めたことで、
ヒーラーとしての才能を目覚めさせることが出来ましたが、
これは良いことだっと思います。

と言いますのは、ヒーリングを始めた時点で、
私はヒーリングのことを何も知らず、まったくの素人だったからです。...
その代わり、読書と思索の生活の中で育んだ
理想的哲学的な世界観を持っていましたので、
臨床での確信の根拠は常に、
整体やヒーリングの参考書や経験からではなく、
プラトンや老子の世界観から引き出していたのです。

言うまでもなく、このようなものは
現場で実用的なものではありませんが、
深く豊かに、6年のヒーラー業を根底から支え続けました。
もしこのような柱がなかったら、病気と格闘し、
結果を追い求めるうちに、
迷路に嵌っていたことでしょう。

ヒーリングをするのに、プラトンの思想を基礎とする、
などという考えは、荒唐無稽と思われるかもしれません。

しかし前掲⑦で述べましたように、
人間の活動には、意識のあり方が深く影響しています。
「その人が何を思い、何を理解して、それをしているのか」
それが、現実に反映されているのです。

結果を追い求めるだけなら、何も考える必要はありません。
結果を出すために有効な方法を発見し、
それを繰り返すだけで充分です。

しかしいつもこのように考えていました。
例えば、ある人の命を治したとします。
そのことによって、その人が命の道から外れたとしたら、
つまり、生きていることに感謝もせず、
他の命(人も動植物も地球も含めて)をいたずらに損なうのだとしたら、
その人を治すことは正しかったのでしょうか。

小説家を志している頃は、
魂の幸せ、ということだけを考えていることが出来ました。

ヒーラーになってからは、
肉体の心地よさを、どうしても考えざるを得なくなりました。
それは、症状の緩和や解決、という意味です。

しかし結局、人は魂で生きています。
体の問題を和らげたり解決したりすることは
本当の意味での幸せには直結しないことを、
次第に認めざるを得ませんでした。

「人間は自然の一部である」
「自然現象は自己治癒を続けている」
「完全なものは存在可能である」
「無力さを受け入れて初めて、本当の力が湧き出る」

このような考えが、自分の哲学の柱でした。

ヒーリングは技法ではなく、人との関わりそのものです。

場合によっては
「治らない」
と告げることが、治癒への第一歩ということさえあります。

病気を治すのも命なら、病気を作り出すのも命です。
命の上に立とうとしても、何の結果を生み出せません。

ヒーラーとして最も大切なことは、
私に出会ったためにクライアントさんに道を見失わせないこと、
と考えています。

そしてもし可能なら、我々誰もがその道の上を歩んでいる命の道に
立ち帰って頂きたいと願っています。

今日も最後までお読み下さり、ありがとうございました。

ただいま、新しいホームページを準備中です。

2014年9月27日土曜日

⑦【思うということ(ヒーリングの実際)】

⑦【思うということ(ヒーリングの実際)】

昨日は私のヒーリングの方法についてお話させて頂きました。

その中で言及した「思う」ということについて、
今日は書いてみたいと思います。

接触・不接触によらず、
ヒーリングには一般に、2つの意識の働きかけがあると思います。
...
一つは「念じる」「祈る」というもので、
もう一つは「思う」というものです。

これは流派などよりもむしろ、
施術者の個々人の見解の差として現れます。

前者の「念じる」「祈る」系の場合、
施術者はポジティブなイメージをすることなどによって
影響力を高めます。

施術時だけでなく、日頃から
「治しましょう」「長生きしましょう」
というような言葉で、人を励ましたりしていることと思います。

一方、「思う」系の場合、
施術者は何も望まず、求めず、ただそこにいます。

あまりにも無関心そうなので「大丈夫かな」と思われることも多いかと思います。

前述しましたように、私は後者の方法を取っています。

津波とダムについての話題などを見ていますと、
現代、人間には、「人間は自然を超えられる」という発想が
標準化されているように感じます。

私はその考えが正しいのかどうか知りません。
ただ私は、そうは思わないのです。
そして自然とは、外部的に存在しているだけでなく、
内部的にも存在している、
つまり、「私たちの生命は、自然現象である」と私は理解しています。

念じる、祈る、ことは、経験的にも無力でないことを知っています
ただたまたま、私はその方法が有効ではないケースに当たることが
多かったのだと思います。
そして問題解決のために自然と身に付いたのが、
「思う」という方法だったのです。

意識は静止している時に、強い力を発揮します。

今、この文章はヒーリングの説明として書いているのですが、
超自然的な事柄に限った話題では実はありません。

このようなことを考える時、常にヒントにしていたのは
アスリートや演奏家たちでした。

どうやらそこには一定の傾向があるのです。

「能力の高いアスリートや演奏家は、
運動時に他の人よりも落ち着いている。
平常時でも、他の人より落ち着いている。
そして余計なことを言わない。
身ぶり手ぶりが少ない。」

私はこのような傾向を、高度な力を扱うために必要な条件と
考えています。

ヒーラーとして未熟だった時は、
これが「分かっていても出来ない」重大な難問でした。

病気に苦しんでいるクライアントさんを前にすると、
意識は高速回転を始めます。
同情的になり、自分に過度に責任を引き受けます。

蓋を開ければ、そこには、
結果を出せなければ失望されることが怖い、恥ずかしい、情けない
という気持ちだったのだと思います。

勿論、ネガティブな動機だけではありません。
やはり善意から、「良くなってほしい」という思いもありました。

困っている人、苦しんでいる人に
密室で一対一で頼られている状態で、
その荷物を一緒に持たない姿勢を貫くというのは、
難しいものです。

しかしそれが次第に出来るようになっていく中で
「思う」という意識の働きかけが身に付いていきました。

そして関わる、しかし関わりすぎない意識で関わることが、
現象として肉体に大きな影響を与えることを、
やがて実践の中で学んでいくようになったのです。

今日も大変に長くなってしまいました。

お読み下さりありがとうございました。

2014年9月26日金曜日

⑥【ヒーリングとは】

⑥【ヒーリングとは】
]
そろそろ、「どのようにヒーリングするのか」という
話題に入ってみたいと思います。
実は、このことについて言葉にするのは今回が初めてです。
簡単に説明する時には、「手かざし」と言っていますが、
本当ではありません。
「思う」というのが、
私のヒーリングの、正確な内容です。
私はヒーリングについて、
どんな流派にも属さない自己流なので、
これをどう説明すれば良いのかというのは、長年の問題でした。
あるとき、シータヒーリングというものについて聞くことがあり、
これは似ているような気がしましたので、
もしご存知の方は、そのようなものかとご理解下さい。
しかし今回は全く新規に、説明を考えてみたいと思います。
はじめは問診から始まります。
「どこがどう悪くて、いつからなのか、
何を今まで試してきたか、効果はあったか」などです。
この時、私は漠然とそれを聞いています。
料理の味見をする時、
目はその料理をにらんでいるのではなく、
ぼーっと宙に向けられていると思います。
それと同じことです。
恐らくこのような意識の状態が、
直感的に物事を判別するのに有効なのです。
一通り話を聞いて、体を見て、
どこが問題で、
治るかどうか判断します。
問題が複雑だと、判断が難しい場合もありますが、
施術後には、判断できるようになっているので、
必要があれば状態を説明し、
今後の解決の見通しなどとお伝えします。
施術に際しては、上述しましたように、手をかざすのではなく、
「思う」ということをしています。
何となく、それっぽく見えたほうが良いかと思い、
クライアントさんの後ろに立つことにしていますが、
白状しますと、ただのポーズです。
「思う」というのは、
人間に与えられた最も高度な力だと考えています。
それは「誰もが自然としている」という点で、
人間にとって本質的で普遍的な能力なのです。
「同じことをしても人によって、結果が違う」
これはどなたも、経験からご存知のことだと思います。
同じ料理も、人によって味は違いますし、
花を活けても歌を歌っても同様です。
違いの理由を、多くの人は技術や素材に求めますが、
それもありますが、それだけではありません。
この「違いを生み出す力」を、
魔法と言っても良いし、波動と言っても良いですが、
本来人間にとって当たり前の働きなので、
いっそ名前がなければ良いかもしれませんね。
ヒーリングに際して私が使っているのは、この力です。
「人の存在は、何であれ対象に影響する」
多くの人にとって、普通、この現象は無意識的に起こり、
対象との関係(好き・嫌い)や、
自分のコンディションによって揺れ動くため、
「技」とまではならないのですが、
これを安定的、意識的に利用し、
生命活動に変化を起こす、というのが、
私のヒーリングの内容です。
以上、初めてのヒーリングについての説明でした。
難しい内容になってしまいました。
最後までお読み下さいまして、ありがとうございます。

2014年9月25日木曜日

⑤【呼吸について】

今日も、FBページから転載です。
 
***
 
体は自発的に良くなろうとしています。

病気や怪我をすれば、自発的に修復を始めます。

「壊れたら直す」というのは西洋医学の前提ですが、
基本的に、「壊れたら直す」のは体であって、
医者や薬ではないのです。

このような考えは今では珍しくなくなりつつはありますが、
まだまだ言葉だけが流布していると思います。

理屈では分かっても、
実際には「体が自分で治る」のを待てないし、
不調が続くのが不安になる、といったことを、よく聞きます。

そんな時、
「待ちましょうね」
としか私は言えません。

*勿論、ヒーリングはした上で、です。

体が自分で自分を治す、といった言葉を、
実生活、実人生の中に取り入れるために、
今日は書いてみたいと思います。

一番大切なことは、呼吸です。

呼吸といっても、普通の呼吸ではありません。
と言っても、難しい、特殊な呼吸でもないのです。

それは「呼吸に意識が向いている呼吸」です。

無意識の呼吸と意識的な呼吸は、
全然別種のものです。

無意識の呼吸は、多くの人にとって、浅い呼吸です。

慢性的な症状を持っている人や
常に緊張状態にある人を診ると、
必ず呼吸が浅いことを見受けます。

呼吸が浅いと全身にエネルギーが行きわたらず、
回復も分解も摂取も遅くなります。
つまり、何をするにも効率が悪いのです。

例えば、完全に調和の取れた、
安全で健康的な食事に徹しても、
呼吸の浅い人は、充分にその力を取り入れることができず、
一方、それほどでもない食生活でも
呼吸が深い人の体はエネルギーにみなぎっています。

呼吸を深くするということは、
自分の体の潜在性を、可能な限り高めておくということなのです。

これが実は、前回の記事④で
「食材は完璧ではなくても良い」と書いた理由です。

呼吸が自然と深くなって食事が出来る環境作りの方が
もっと重要だと考えるからです。

呼吸を深くするには、ただ、
「呼吸していることに意識を向ける」だけで良いのです。

お腹でも胸でも鼻先でも良いです。
座禅を組む必要もありません。

意識的に呼吸をすれば、した分だけ、
体が本来の働きを始めるはずです。

もしかしたら、たまった疲れが出てくるかもしれませんが・・・
そのあと、必ず楽になる。

もう少し書きたいですが、今日はここまでにします。

お読み下さりありがとうございました。

ヒーリングのご予約は
atelierkoshiki@gmail.com
でお受けしています。

2014年9月24日水曜日

④【食事のこと】

最近は、FBページ「アトリエこしき」に
記事を投稿しています。
こちらは、その転載。

よく話題になる、そして私自身がずっと取り組んでいる、
食事のこと。

私はもともと、健康指向ではありませんでした。
好き嫌いも特になく、出されたものを食べる。
考えというものは特にありませんでした。
おまけにひどい味音痴でした。

ありがたかったのは、胃腸が弱かったことです。
いつも口内炎を作り、お腹も下しぎみで、
体調を崩しやすい体質だったので、
食事を改善していく中で、体感的にいろいろ学ぶことが出来ました。

自分の食事の考えをクライアントさんに伝えると、
症状が劇的によくなることが多くありました。

食事について、久しぶりに書いてみたいと思います。

(1)添加物
まず知っておきたいのは、
日本の一般的な食事がかなり危険だということです。
大丈夫、なことになっていますが、
実は自分の体が麻痺しているだけで、
昼には光に、夜には闇に、眼が順応しているように、
慣れてしまっているだけなのです。
体感で「何ともない」から「大丈夫」と判断しても
少しも当てにはならないのです。

残念ながら今日、食品添加物と化学調味料は、
ほとんどどんな食事にもついて回りますが
不使用のものもあるので探してみて下さい。

*アンテナを張っていると、意外と出会えます。

自分もそうでしたが、このようなことを学んで合点が行くと、
つい神経質になってしまいがちです。
潔癖症になってしまうのです。
しかし完璧である必要はありません。
むしろ、完璧主義は良くないです。

「完璧に出来ないから無理!」
と言って、やる前から投げ出すのではなく
時には無添加のものを食べて、
味や体の反応を自分で体感し、違いがあることや
選択肢があることを知ることが大切です。

「無添加でなければいけない」
「そんなことを言ったら何も食べれない」
どちらも、極端になりすぎないようにしましょう。

(2)水

水道水には塩素が含まれており、
食材の栄養素を壊してしまう上に、
水分自体の体への吸収も効率が悪いので、
浄水器をかけると良いです。

(3)牛肉

牛肉は、人によっては避けた方が良いです。
これがDNA的な問題なのか何なのかは知りません。
ただ、人によっては牛肉を食べることをやめることで
体質が改善することがあります。

(4)食材選び
元気そうな食材を選びましょう。
産地や値段ではなく野菜の表情を見ていると、
いかにも元気そうなものもあれば、具合が悪そうなのもあります。
有機、無化学肥料、無農薬、は野菜を選ぶ時には
当てになる一つの指標ではありますが、
それよりも重要なのは、パワーです。
野菜の勢いの良さを見るようにしましょう。

私は自然食品店でもスーパーでも食材を買います。
以前は、「食材は自然食品店で」と決めていましたが、
今はゆるいです。

なぜなら自分の台所で、良い料理に出来るから。
そしてそれを食べる人の喜びで、さらに良いものになるから。

良品を買い求めるのは、時々とても難しいです。
値段が高いのと、
品目に偏りが出てしまうのと、
そして何より、頭で考え、視野が狭くなってしまうからです。

健康指向全開の時期、
「牡蠣のバターソテーを食べたいなあ」
などと思った時に、
自然食品店に行っても手に入らず、
魚屋では普通に手に入るのですが、
思いもつかないことがありました。

今、日本の食の環境はとても難しいです。

何も考えなくても良いかと言えば、
最後に病気をしてしまうし、
かと言って、考え出すと、食事を禁欲的で
つまらないものにしてしまいます。
本当は何も考えなくて良いのが、理想的なのですが。

「気を付けないで良いわけではない」
「しかし厳密になる必要はない」
「料理と食事は、何よりもまず楽しく」

とりあえず、この3つの言葉で、締めくくりたいと思います。
お読み下さり、ありがとうございました。

2014年9月21日日曜日

③【病気の理由と改善の道】

③【病気の理由と改善の道】

病気や症状には、存在する理由があります。

大きく分けて、3つです。

*以下は、私の個人的見解です。
経験による観察以外に根拠がないことをご了承下さい。

1)体に良くないことをしているから。

現在、私たちの生活には、健康を損なうものが
広く浸透しています。
困ったことには、
公に「別に問題はない」ということになっているのですが、
生活の基礎という点で、実は、大きな問題です。
揚げ出すとキリがないですし、
神経質になるのも嫌ですから、
これは、ということだけご紹介します。
・水道水は浄水器にかけ、
・化学調味料はなるべく取らないようにしましょう。
・女性は、生理用ナプキンをエコ(布)ナプキンにすると良いです。

これだけで、健康レベルは確実に上がります。

2)自分に合わないことをしているから。

体質は各人に固有のものなので、
「みんな大丈夫だから自分も大丈夫なはず」が
通用しないことがあります。
腰が弱い人は、人並みに腰に負担をかけないようにしましょう。
胃が弱い人は、その弱さに適したものを食べるようにしましょう。
こう書いてみると当たり前のことなのですが、
多くの人が、「自分に処理できる以上のこと」をして、
体を痛め、ひどい場合には病気をしているのです。

健康食品などにも同じ考えを持つようにしましょう。
「玄米が良い」「肉は駄目」
これらはすべて「人によっては」なのです。

自分という、この世にたった一つだけの器を
大切にして下さい。

3)本来の生き方をしていないから。

スピリチュアルな話になりますが、
最も大事な話題です。
「自分らしさ」をあらかじめ知っている人は、
なかなかいないと思います。
ぶつかったり、傷ついたりしながら、
「こうじゃない!」と感じるのが常です。
しかしそれは本来の自分のあり方を知るためのヒントなのです。

もしかしたら、もうすでにご存知で、
踏み出す勇気がないだけかもしれません。
毎日、少しずつでも挑戦を続けましょう。
自分の生き方をするようにして下さい。
「こんな自分はいけないのではないだろうか」
という考えを捨て、自分の心と直感に素直に従って生きる人は、
健康的で、輝いています。

ご質問などがあればお答えさせて頂きます。

アトリエこしきでは、
このような観点で、アドバイスと解決を提案し、
ヒーリングの施術をしています。



話は変わりますが、
先日の個展を取材して下さった番組です。
https://www.youtube.com/watch?v=Httn551_Mwg

2014年9月13日土曜日

②アトリエこしきという名前

先週から、ヒーリングを再開しています。

今日は、アトリエこしき、という名前について
説明をしたいと思います。

こしき、というのは
車輪の中心を意味する古い言葉で「轂」と書きます。
この字の篆(てん)書体が、
アトリエこしきのロゴである、不思議な字なのです。

この言葉は『老子』から引用しています。

私の大好きな言葉で、現代語訳すると
「車輪を成す30本の骨は1つの軸から生まれる。
その軸が動かないから、車輪ははじめて機能する」
という意味で、ここに「こしき」という言葉が出てきます。

2007年にヒーリングの仕事を始め、
名前をつけようと考えた時に、直感的に、
「命のこしきを形成するための工房」
=「アトリエこしき」
と名付けようと思ったのでした。

ヒーリングは、結果も大事ですが、
過程の美学も同じくらい大切です。

その場しのぎの対応を繰り返して迷路にはまるのではなく、
大きな視野で命を見て、
解決するべくして解決する。
(=解決できないものを受け入れる)
この姿勢を何よりも大切にしてきました。

「命のこしきとは、どこにあるのか」

それが私の、長らくの問いでした。

脳幹なのか、頸椎なのか、
それとも何らかのエネルギーポイントなのか。
他にも沢山沢山、候補があります。

実際には、そこまで考えなくても良いのです。
これは哲学的な趣味と言っても良いかもしれません。
そして結局、一つに絞ることは出来ませんでした。

ヒーリングからおよそ1年離れて、
絵に集中し、自分について以前より公平客観になることが
出来るようになりました。

自分の理想と、現象世界の実際、
これはしばしば矛盾し合います。
そのどちらも否定せず和解できる形で今、理解しているのは、

「こしきとは、知恵である」
ということです。

何よりもまず、生命が神秘的であること。
意のままには決してならないこと。
私たちは命に従うことは出来るが、命を従えることは出来ないこと。

癌や難病奇病といった難しいものを指して
言っているのではありません。

肩凝りや食欲不振程度のものでさえ、
訳があってそこにあるのです。

以前、私はまだ考えも若かったですし、
生命の摂理というものを頭では理解していても、
実際に困っている人がいると、
どうにかしようとしている自分がいました。

今は、やることはやった上で、

「あとは体に任せましょうね。
治らなかったら諦めて下さい、受け入れて下さい。
私もそれ以上はしません」
と、言える自分になっています。

これは職務の放棄ではなく、
生命の前に、過去よりも謙虚でありたいためなのです。

お読み下さり、ありがとうございました。

もし共感して頂けたら、FBページ「アトリエこしき」に
いいねをして下さると嬉しいです。
 

2014年9月11日木曜日

①ヒーリングのこと

久しぶりに、ヒーリングのこと。

この1年ほどは、画業に専念するため、
ヒーリングから離れていましたが、
先日より、少しずつ、再開しています。


私が2007年から営んでいます
「アトリエこしき」のヒーリングは
(*治良(:ちりょう)と呼んでいます)
手かざしによるもので、
お時間は数分ですが、
生命本来の治癒力を引き出すことで、
自己解決を促します。

基本的に、何度も通って頂くことはなく、
多くても2~3回を適切とします。

*その後、定期的に受けられることは
良いかと思います。

その理由は、引き出すものが
「自然の治癒力」だからです。

何度も繰り返しアプローチすると
「人為的な治癒力」になります。

アトリエこしきは
「人為的な治癒力」の上を行くものとして
「自然の治癒力」を捉えています。

「自然の営み」は、もしかしたら
期待よりもゆっくりとしか進まないかもしれません。
治せないものも、実際にはあります。

しかしそれもまた生命のあり方ですので、
「焦らず、欲張らず、生命と共にある」
そんな姿勢を、
施術者、お客様ともに共有し、尊重できればと思います。

料金は1回5000円です。
初診料などはありません。

ご予約は
facebook のメッセージ(「河邊正則」でも「アトリエこしき」でも構いません)か
atelierkoshiki@gmail.comまで、
よろしくお願いします。

住所は
東京都狛江市中和泉2-7-5
最寄駅は
小田急線狛江駅です。

現在は、アトリエ通路がテントウムシの幼虫だらけなので、
住居側玄関からのお通しになります。

よろしくお願いします。
 

2014年9月8日月曜日

個展が終わりました。

魂の漂泊、というのか・・・
どこへ行こうとしているのか。

いや、
行きたいところは分かっているが、
どういう経路で行こうとしているのか。

二つに分かれたものが、一つに繋がる。
一つと思っていたものが、二つに分かれる。

波のように、時を違えて織り合いながら進んでいく。

人生を、個人的なものとは思わない。

宇宙と繋がっている。

誰かと繋がっている。

たくさんに人に会えた。

懐かしい人、
新しい人、
親しい人。

自分の描く色の世界が、
人の心に触れているのを感じた。

もう少し、流れを感じたい。

ありがとうございました。

*最近はfacebook に書いたものをブログに転載するようになっています。
気軽に友達申請して下さい。



 

2014年9月4日木曜日

明日から個展です。

搬入、行って参りました。
あまり迷うこともなく、ぱっぱと決まりました。
全部で35点くらい。
とても素敵な空間になっています。

お茶を煎じたりするわけではありませんが、
パンやチーズ、ピクルス、飲みものをご用意しています。
お話をしたりする・・・のかな。

明日は18時から、「オープニングお茶会」というものをします。
良い時間になればと思います。
参加費はありません。
会期中、お越しになられた方には
珈琲かお茶をお出しします。
多分私はずっと珈琲を淹れ続けていることでしょう。

私はずっと在廊しています。
どこかで、演奏をするかもしれません。

では明日から4日間。
皆さまのお越しをお待ちしております。

12:00 - 19:00
*最終日は17:00まで

・フラスコ,神楽坂: http://www.frascokagura.com/schedule/2014/09/-9598-120019001700.html
・FB イベントページ: https://www.facebook.com/events/409961349144813/?ref_dashboard_filter=upcoming
・河邊 正則 HP: http://www.kawabemasanori.com/

2014年9月3日水曜日

搬入準備

今日は個展に向けて、荷作りなどしていました。

企画当初は、
これまでに描きためた(と言っても1年半ですが)作品を
展示する、という趣旨だったのですが、
直前になって、新しい絵のイメージが出て来てしまい、
結局全部で19枚も描くことになりました。


これらは、エネルギーのうねりを色と線で表現する、
という共通性から、
≪波動≫シリーズと呼んでいます。

自分が絵を描くということについて、
「こんなことをして意味があるんだろうか」
と思うことがよくあります。

ただ、自分には見える、自分にだけ見える色や線があって、
(誰にでもあるのだと思います)
それを描くことは、
自分の人生の目的ではないが、
世界の役にはきっと立つ、と
最近、描いている最中に思うことがありました。

と言っても、自惚れをしているわけではありません。

人には、食べ物や水が必要ですが、
絵は必ずしも必要ない・・・

と考えることが、実は誤りで、
真実を見落としているのではないかと、思いました。

「肉体には」、食べ物や水が必要で、
「精神には」、色や音が必要なのではないだろうかと、
思っているよりもずっとずっと、必要なのではないだろうかと、
 理屈ではないところで直観した気がしました。

我々は色のある世界に生きているのだということを、
色を感じる心を宿しているのだということを、
お伝えできたらなあ、と思います。